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行住座臥

関東から新潟へIターンした20代女のブログ

東京と新潟 人の繋がり方

 新潟へIターン生活でGWは9連休が与えられたので、関東の実家に帰省しました。帰省と言っても人口20万都市からまた南房総という地方郊外→関東の田舎への帰省です。東京駅を降り、運悪く京葉線の通勤快速に乗ってしまって消耗されている会社通いの方々を横目になぜあちら側にいないか小一時間考える時間を設けさせられてしまいました。

 一言で言えば、選ぶことに疲れてしまったことです。

 東京は多様性に満ち溢れています。同時にたくさんのモノが量産され、消費されています。そんなところでの経験は進学先でも就職先でも競争が激しく選択肢が過度に用意されていました。逆に没個性だと何度も考えたのでした。しかし、様々な場所で様々な人に出会うけれどとっかかりがないといつも思っていました。

 いつでも誰でもなんでもできるのが都市の長所だけど短所でもあって、私の生活圏ではいて欲しいときいて欲しい場所にいて欲しい人が偶発的にいなかったなと思い出します。

つまり何が言いたいかというと都市部で自分により一番近いコミュニティーを探してその中でニッチなことをするのも良い。でも地方という個性を潰されかねない土地であっても、ある程度同じジャンルのことをしたい人とそれなりに組んで豊富な資源を生かして何かを始めることもまた良案だと私は考えたのです。

 自分のビジョンに一番近い人たちの中にいることは、安心だし目標への一番の近道かもしれません。しかし同じような温度の人間が情熱を持って集まっても所詮人間の集団。「誰かが私や俺の代わりにやってくれるだろう」そういうフリーライダーが出てしまうということに学生時代幻滅してしまいました。

 同じ感性の人でも違うビジョンを持った人の集まる今のコミュニティーでは例えば「市町村合併地域で畑を持ちたい!」などというのは自分しかいないため、自分一人で舵取りをしなければなりません。けれど似た感性を持っているため「なぜそれをやりたいか」を事業計画など出さなくてもこの人はこう考えてこれがやりたいということをお互い理解できます。そうしてコミュニティーの中の人のそれぞれの得意分野で協力してくれます。違うコミュニティに入っていける人、人脈が多い人、集客が得意な人、写真が撮れる、文章が書ける、楽曲が作れるなどなど割と頭数合わせると才能が集まります。そこからはもう可能性しか感じないようなことが地方の魅力となっています。